こんにちは。北海道札幌市の行政書士、安藤です。

 

これまで経験したことのない新型コロナウィルス感染症。

ほとんどの方が「怖さ」や「不安」を感じているかと思います。

ただおそらく私は、皆さまよりは「怖さ」や「不安」を感じていない方だと思います。

そんな私の考え方や価値観が、皆さまが抱いている「怖さ」や「不安」を(少しでも)取り除くことができればとの思いから、本日は私のマイノリティな心中を記載致します。

※「私個人の心の内を記載する」という性質上、皆さまの共感を得られない可能性もございます。普段お読み頂いている方も「読みたくないなぁ」と思われたら読み飛ばして頂ければと存じます。

 

 

大前提として、「未来を予測するのは正直不可能だ」というのが私の根底にあります。(ここまでは皆さまもご賛同頂けるかと思います。)

しかし私の場合はそこから更に一歩進み、「今日という日が生きている最後の日かもしれない」(→明日生きているという保証は100%ない)という想いを持って日々過ごしているのです。

では「明日生きているという保証は100%ない」のであれば、どうすべきか。

私の中には二つの解答があります。

 

(1)大切な人との悔いのないコミュニケーション

「明日生きているという保証は100%ない」ということは、本日交わした会話が大切な人との最後のコミュニケーションになる可能性がある、ということだと思っています。

ゆえに私は、大切な人とは悔いのないコミュニケーションをとるよう心がけています。

「悔いのないコミュニケーション」は人それぞれ異なるかと思いますが、私は①責めない会話、②笑いある会話、③想いは正直に、の3点に気を配っております。

まず①に気を付けておけば、私個人において「悔いのないコミュニケーション」としては十分だと思います。その会話が最後になっても、私に悔いはないでしょう。

②は単に私が「笑うことが好き」なためです。好きなことをしておけば、同様に悔いはないでしょう。

そして③を伝えておくことで、「悔いのないコミュニケーション」がほぼ完全になります。例えば、感謝を感じたら「ありがとう」、過ちに気づいたら「ごめんね」など。

※「...あれを言っておけばよかった」というのは、とても悔いが残ることだと私は考えています。

 

(2)実際にその日が到来したときの『対策』

(1)の考え方により「怖さ」や「不安」を少なくはできておりますが、そうは言っても「最後の日はいつ来るのか」に関しては依然として予測不可能なままです。

そこで私の場合、「予測不可能なことに不安を感じても仕方がない」という考えに移行致します。

しかし、ここで「仕方がない」とただ諦めるのではなく、私は考え得る限りの『対策』を施すようにしているのです。

今回の新型コロナウィルス感染症でいえば、「なるべく3密を避ける」「こまめな手洗い」「マスク着用」などを行っております。

考え得る限りの『対策』を行ったのだ。それでも最後の日が来るのであれば、それはその日が私の寿命(天命)なのだろう。

...このような想いを持っているのです。

※この考え得る限りの『対策』は今回に限ったことではなく、これまでも様々な対策を施してきております。

例えば、災害が起きた場合のために必要な物資を準備(一部準備中)しておりますし、避難場所なども確認しております。

また、「明日生きているという保証は100%ない」ということに対してはエンディングノートを用意しているので、私の身内は「どこに連絡をとり」「どれを解約手続きすればよいのか」といった、いわゆる『死後の手続き』に関してほぼ問題なく進めることができると思います。

 

 

私がなぜ「怖さ」や「不安」をあまり感じないのか。――このことに関し、上記(1)と(2)でご説明させて頂きました。

しかし、なかには「お前の考えは理解できない」という方もいらっしゃることでしょう。

このご意見に関し、私は「そう! まさしくその通り!」という回答を致します。

なぜなら、人はそれぞれ考え方が異なるからです。まさに、『100人いれば100通り』なのでございます。

このブログをお読み頂いた方の中から、『人はそれぞれ』という考え方に移行される方が1人でも多くなれば幸いです。

 

本日のブログはこれで終わりとなりますが、新型コロナウィルス感染症によりお亡くなりになられた方々に謹んで哀悼の意を表するとともに、ご遺族の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。

 

 

最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。

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