こんにちは。北海道札幌市の行政書士、安藤です。

今月の実質『ワンコイン』セミナー「そもそもなぜ終活は必要なのか―様々な選択肢を考える―」は本日で終了となりました。ありがとうございました。

来月も引き続き、同内容のセミナーをお送り致します。日時は2月16日(土)、17日(日)の14:00~となります。よろしくお願い致します。(詳細は→こちらをご覧ください♪

さて『人はそれぞれ』なので、「自分が知っていることが相手も知っている」とは限りません。

そうした相手が知らないこと(今回は下記の引用記事にならい、“無知”と表記します。)に関して、大体はそう目くじらを立てることもないかもしれません。

しかし...という記事(天声人語)です。


しかし、見過ごせない無知もある。韓国の男性音楽グループBTS(防弾少年団)が原爆のキノコ雲をあしらったTシャツを着用していたことが分かった。


引用元:朝日新聞(2018.11.15)

人にはそれぞれの考え方がありますので、その方なりの思いがあってそうしたTシャツを着用されたのだと思います。

ついでに言えば、私はこのグループの方に何かを申したいわけではありません。

私が申したいことは、以下のことです。

「悪気はないのだから」との声もあるかもしれない。しかし、ここは目くじらを立てたい。どんな表現や言葉が神経を逆なでするのかは、国により人により異なる。「傷ついた」と発信するところから始まる相互理解があるはずだ。


引用元:朝日新聞(2018.11.15)

『人はそれぞれ』です。従って無知なことに限らず、自分が不快な感情を抱くものであっても、相手はそうは思わないということもあります。

相手がどんな感情や想いを持っているのか。それは対話やコミュニケーションを介さない限り、知り得ることは難しいかもしれません。

「発信するところから始まる相互理解」は、異なる国民に限らず、同じ国民であってもあり得ることだと私は思っています。

また、こちらの記事を書いた方は「発信する」だけで終わりとせず、以下のように続けております。

それだけでなく我が身を振り返るきっかけにもしたい。無知ゆえに誰かを傷つけていないか、踏みつけていないかと。鏡に映った自分を見るようなつもりで。


引用元:朝日新聞(2018.11.15)

この「振り返る」ことは、とても大切なことだと思います。

例えば自分の考えを相手に伝えるとき、それが文字の場合であれば、相手に見せる前に書き直すことで『無かったことに』することが可能です。

しかし、それが言葉だと、一旦発してしまえば『無かったことに』はできません。

従って以前のブログでも書きましたが、私はなるべく、言葉に発する前の『考え方の時点』で 「あれ、この考え方は他の人に迷惑をかけていないか」といった自分なりの基準を設けておき、たまにチェックする習慣をつけております。(そのブログは→こちらです♪

また、「自分は無知かもしれない。」―これは何か他から(例えば人やメディアからなど)の指摘で気付くことが多いと思います。

たとえば友人との会話だったり。又は「テレビで見た」、若しくは「本を読んで知った」ということだったり。

こうした外部からの情報によって、自分の立ち位置(例えば、無知だったり人と異なったりしていること)に気付いたりします。

そして、自分の立ち位置に気付くことが出来れば、それらに対する対処法にも気付くことが出来るようになります。

※ただし、『直さなければならない対処法』ばかりである必要はありません。例えば無知に関して私について言えば、終活に関する情報については貪欲に仕入れますが、あまり興味がないものに関しては「知らなくても構わない」というスタイルです。また、他人との考え方の違いについては『人それぞれ』という想いがあるので、「他人に対して自分の考えを押し付けない」という生き方をしております。

上記記事をまとめると、相手からの言動→「傷ついた」と発信→相互理解→自分の発信にも気を付ける(振り返り)、といった感じでしょうか。

以前、「コミュニケーションは、終活だけでなく認知症の予防としても役立つ」という記事を書きましたが(その記事は→こちらです♪)、今回のこともしかり、コミュニケーションを行う大切さに関しては、まだまだたくさんありそうです。

少しずつコミュニケーションを増やしていって、「自分も相手も幸せ~」という生き方ができれば、それは最終的に『穏やかな老後』に繋がるのかもしれませんね。

最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。

当事務所へのご相談は→こちらのホームページからどうぞ♪